大奥の女たちの明治維新 幕臣、豪商、大名――敗者のその後/安藤優一郎


明治維新というクーデター/星亮一と同じく敗者側から見た明治維新。
維新後150年という節目の年にもあたり封印されてきた実像に迫る研究が進められているようです☆

これまで「薩・長は勝つべくして勝ち幕府は負けるべくして負けたのだ」・・・という決めつけから語られてきた歴史。
果たしてそうなのだろうか?


この本は当時の記録・記憶を丁寧に掘り起こし
特に敗者となった側にスポットを当ててるのが新鮮でした。



江戸城無血開城はある意味だまし討ち?というか
一旦明け渡すことによって恭順を示しいらぬ抵抗で血を流すことを嫌っただけで
抵抗しなければすぐ戻ってくると信じてたのにそのまま天皇の住まいになった(現在の皇居東御苑)とか。
大奥の御台所だった天璋院篤姫は江戸城奪還に執念を燃やし実家である薩摩藩に書状を送り嘆願するが無視され怒りまくった・という一幕も★
八百万石とも言われた徳川家はわずか七十万石にまで減封、静岡への左遷?で
大奥は実質解散、三万人からいた家臣たちも路頭に迷う><。

それでも昨日までの敵方だった新政府に仕えることに抵抗があった幕臣たちには
無給でもいい・と静岡についていく者が多く、彼らが開墾したのが現在の茶畑のルーツだったり・・・!(シラナンダ)


んー、その後の塗炭の苦しみを予測できてたらもっと死に物狂いで戦ってクーデター失敗したかもの><。

津田梅子や大山捨松などの女子留学生メンバーたちは全員旧幕臣の出で
かわいい年頃の娘を異国の荒波に揉ませる決断は恵まれた立場なら遠慮したいようなものだったのろうねえ。




福沢諭吉や渋沢栄一などの明治の世の立役者たちも海外留学してる真っ最中に幕府崩壊して政権交代の憂き目だったり
幕府・幕臣出身の有能人材も重用されまくったのはそもそもの人材不足で
そりゃまー教育の機会とか素地もあって有利だったのかも?

薩長の目指した世界は廃藩置県による中央集権、世界に伍するための富国強兵?
地方分権体制の藩制度なままじゃ行き詰まっていたから必要な過程ではあったのかも。


にしてもあまりに急ぎ過ぎる転換は不満と軋轢を呼び西南戦争に至ったのもまた自然な摂理だったのか・・・・?




こうして俯瞰してみるとシムシティぽい?というか
こちらに介入すればこちらに不平が出たりかといってなにもしなくても滅亡しそうになったり
解きほぐそうにも入り組みまくっているのが人間の歴史なんでしょうかのう・・・・・・。
でもいっこいっこの原因を知ることで歴史を解明していくことは当時の人間たちの息吹を感じるようで
大変興味深いことでござんすなあ☆^^
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